物事には順を追って説明しないとわからないことがあるため、
すでに五線譜の歌から身を退いた私が、なぜ今月中に伊福部作品を
レコーディングしようとしているのか、その経緯を書いておこうと思います。
"宿題"がありました。五線譜にト音記号で書かれた歌の場合、女声が実音で歌うと
学生時代から新作初演などを手がけていた私は、男性作曲家から何度
「イメージと違う」と言われたことか…。
ご丁寧に模範演奏して下さると、それは大抵2オクターヴ低いのです。
それだけ音域に開きがあれば、イメージと違うのは当たり前。
そのギャップを埋めようと、15年にわたり古代歌謡の演奏修行を続けた結果、
伊福部歌曲を1オクターヴ低い、男声のピッチで歌えるようになりました。
そこで、亡き伊福部昭先生に"宿題"を提出するホームコンサートを
2020年1月以降にStudio Aikawa(香川県)にて開催しますとホームページで告知しました。
20名様前後を無料ご招待しますと書いたのは2019年後半だったでしょうか。
伊福部先生の御遺族からもお申し込み頂いたのに、新型コロナの影響で集会中止。
無期延期の様相を呈していたところ、ホールを借りて録音すれば? と助言されました。
ただし急ぐことでもないので、2022年1月に決めた次第です。
その後、2021年8月初旬に伊福部先生の御遺族にお中元の御礼の電話を差し上げたところ
「西さんから藍川さんの監修で伊福部昭全歌曲集を作ることになったので
書類をつくっているところよ」と言われ、驚きました。
「西さんてどなたですか? 私の知り合いに西という人は居りません。
それに《平安朝の秋に寄する三つの詩》は伊福部先生が絶対に歌われては困ると仰り、
その代わりに《オホーツクの海》《摩周湖》《蒼鷺》を書いて下さっていますが…」
「弟もそう言って登録に反対してるのよ」
「それは当然です、伊福部先生から強く言われてますので」
なぜ、見ず知らずの西という人物に私の名前を使われなくてはならないのでしょうか?
という話はさておき、御長男と私の話が完全に合致していたので、御長女と御次女も
JASRACへの登録を見直され、演奏許可もCDの発売許可も出されませんでした。
(もし《平安朝の秋に寄せる三つの歌》という誤ったタイトルでJASRACに登録したら別の問題が生じてました)
この時点で、楽譜を見たことがあるのは御長女のみという点が問題になりました。
そもそも楽譜も見ずにその楽曲を伊福部昭作品と認められるはずがないからです。
あとでわかったことですが、8月なら西氏は既に根岸氏の演奏を録音し終えていました。
ならば、その音源を御遺族に聴いて頂き、JASRACへの登録の可否を仰ぐのが常識でしょう。
ところが、御遺族が再三《平安朝の秋に寄せる三つの歌》のCD発売を
見合わせるよう申し入れたにも拘わらず
西氏は2021年11月29日に《平安朝~》を含む根岸一郎氏のCDを発売しました。
その後、2022年1月15日には根岸氏のコンサートで演奏されることがわかったのです。
御長女へのメールに「藍川さんの監修」と書かれた私も訴えたかったのですが、
著作権継承者ではないため、傍観させていただくほかありませんでした。
はたして、著作権継承者の請求は無視され、《平安朝~》は1月15日に演奏されました。
これを受けて再度、法律を守るよう請求し、やっと2022年1月21日にCDが販売中止に。
《平安朝の秋に寄する三つの詩》の自筆譜について藝大図書館に問い合わせたところ、
JASRAC未登録楽曲にも拘わらず、2014年までコピーを許可していたとわかりました。
作曲者ご本人が「推敲していないので世に出して貰っては困る」と仰っていた通り
赤ペンによる無数の書き込み、歌詞および音符の欠落などが見られるというのに、
そんな未完の自筆譜が、著作権継承者の許諾なくしてコピーされていたとは…。
恐れていたことは、すでに2016年に東京音楽大学で起きていました。
曲頭で全曲を通しての主題"ドシドーミ"が"ドシシーミ"と演奏されており、
歌詞の欠落部分についても、気づかずにそのまま演奏したとのことでした。
再現芸術家の仕事は、歌詞や音符を精査し、作曲家の意図を汲み取りつつ演奏することに
尽きるはずなのに、なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか?
数十人がこのコピーを持っているとしたら、やはり楽譜を校訂すべきか…と考えました。
折しも《摩周湖》や《蒼鷺》の録音が近づいているため、
《平安朝の秋に寄する三つの詩》を試演すれば御遺族に聴いて頂けるわけですが…
(御遺族からは著作権登録の判断材料として録音を聴かせて欲しいと、演奏の許諾を頂いております)
私には私の生き方、死ぬまでにやりたいことリストがあります。
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こののち《平安朝の秋に寄する三つの詩》の楽譜を校訂したところ
大変な発見がありました。
たとえば、1954年の映画『ゴジラ』のテーマ音楽までの道!
《平安朝の秋に寄する三つの詩》は
"伊福部音楽"を語る上で欠かせない作品だったのです。
2022年4月12日の録音と私の分析を著作権継承者の皆様に聞いて頂いた結果、
それに伴ない、CDへの収録および発売が可能になりました。
『古代からの声【伊福部昭の歌曲作品】』
2023年5月31日発売