
おはようございます! 黒アゲハが来ています。
何もしていないのに、すぐこんな風になってしまう庭です…。

きれいに草を抜いてもらっても 1ヶ月経てば元の木阿弥。

前回、お隣さんから侵入してきていた西洋アサガオを
「切らせて頂きます」とお声がけして切ったのですが、
当然ながら、もう入ってきていました。
4年4ヶ月帰省できなかった間に、西洋アサガオの蔓が
エアコンの室外機に入り込んで、モーターが動かなくなっています。
3台のうち、2台は動くのですが、1部屋のみエアコンが使えません。
今月下旬に家人が滞在するため、業者さんにお願いして
今朝いらして頂くことになっていましたが、緊急の仕事が入った
とのことで、午後に変更になりました。
今日は父毋ヶ浜(ちちぶがはま)へ夕陽を見にゆくことにしていたのに…。
ともかく午前中は掃除と洗濯をしました。

この画像の左端に写っている黒い冷蔵庫がかなり弱くなっていました。
「早く手配して、下旬に新品と交換してもらった方がいいよ」と
いつものように丸投げされています。言われなくてもやりますけど。
朝、ゴミを出しに行ったら管理人さんにお会いしたので、
「燃えないゴミが8/6で、私は前日の8/5に帰京するため
明日ヘルメットをゴミ置き場に出すことができないでしょうか?」
とお尋ねしたら、「管理人室で預って8/6に出してあげますよ」と
仰って下さいました。明日お預けしようと考えていた矢先、
役所とお寺から戻ったら、わざわざ部屋まで取りに来て下さいました。
讃岐は「お接待」の国だからか、親切な方が多いんですよね。
ちょっと元気が出たので、父毋が浜の夕陽を目指して出かけます!
走り始めたものの、ひどい曇天で、絶対に夕陽は見られないと確信しました。
でも、今日だけしかバイクで走れないし…。
え?! あれは何です? なぜ津嶋神社の橋を渡ってるんですか?
年1,2回しか渡れないのに。これは、父毋が浜どころではありません!

駐車場は満パイでしたが、バイクは置けますよ~と、お声がけ頂きました。

駐車場からゾロゾロと下りて、線路を越えました。

↑ 1年に2日間だけ開く予讃線「津島ノ宮」駅のホームです。

何たる幸運! 60年以上前には船でお詣りし、今日は偶然通りかかった!?

お詣りするのに、橋を渡るだけで500円かかるらしいのですが、
人しか撮れそうにないので、ここまでで引き揚げました。

屋台が何十軒も出ていて歩くだけでも大変なのに、
救急車が来て大騒ぎになっていました。

今日はそちら方面へはゆかず、山を越えて仁尾へ直行します。

山を越えて仁尾へ出たら、物凄く大きな神社がありました。

反対方向に目をやると、蔦島らしきシルエットが見えました。
分霊を津多島(現 蔦島)へ勧請、1351年に讃岐守護 細川顕氏により津多島から
現在地 網の浦に遷宮されるとあったので、比較的新しい神社だとわかりました。

かなり広い駐車場がありました。

橋が三本あって社殿側へ渡れるんですね。でも社殿が苦手な私は渡りません。
あの巨巌が地図にある「注連縄石」なのでしょう。
この注連石はもともと海中にあったもので、「明治43年建立」
「何れも四千余貫あり、高き二丈に及ぶ自然石である」と説明されています。
六百余町の不輸田と9個所の御厨を諸国に定め、京都賀茂両社の神領として
寄進したことで、その一つ讃岐の仁尾網之浦の住人に海上交通の特権が
かつては下加茂社の御供田が六十町あり(規模がかなり違いますね)、
その関係で京都賀茂神社の別宮として勧請されたと伝わるそうです。

18時過ぎとあって広い駐車場に誰もいなかったので、この木の
隣で演奏修行を2曲もやらせて頂きました。思わぬ収穫でした。
父毋が浜はここから車で5分と出ました。

あれ? 今日はやはり夕陽は見られそうにありませんね。

でも、皆さんはなぜここにいらっしゃるのでしょう?

少し空の色が変わってきましたが、あの島を越えた方がよさそうです。

父毋が浜を離れ、北西の仁尾海岸へ向かってます。
晴れた日は砂浜が人で溢れかえるのに、今日は極く少数です。

左の島が賀茂神社の元宮たる蔦島だと思います。
太陽は上下を雲に挟まれてしまっているため、最早これまで。

あ、津嶋神社がライトアップされてる!
20時から花火大会があると、さっき教えて頂いてました。
そのため、二車線のうち一車線は駐車場へ入りたい車が並んでいます。
原付ながら、ここは右車線へ出て、車列を避けます。
そののちは、トンネルを抜けるルートではなく、
海岸線を走るルートに変更しました。

潮の香りに包まれて走ると、本当にリラックスできます。
今日もお付き合いくださり有難うございました!