昨日までの天気予報では、西讃地区は朝6時以降は降水確率ゼロでした。
ところが、10時になっても12時になっても雨が降っていました。
とはいえ、年内はもう帰省しないので、ZOOMERに乗れるのは今日が最後。

とても讃岐富士とは思えない歪な飯野山を見ながら南下してます。
目指す猫山までは、拙宅から 1時間ほどかかるようです。

どうやら眼前でけぶっている連山の中に猫山があるらしい…。
あの様子では絶対に雨が降ってますよね?

カーブを曲がったところに見覚えのある神社が!?
これまで何度も徳島県境あたりから帰宅する際に目にしていました。
振り返ると、今までは日没後で真っ暗でしたが、確かにここだと地形でわかりました。

社頭の坂を上がってみます。

これは、ずいぶんガランとした社地ですね…。新しいのか古いのかわからない神社です。

王子神社…ということは、熊野系ですか?

屋根瓦がユニークで、ストーリー性のある造りのようです。

社殿の彫り物も見たことの無いユニークなものでした。
絵的に、ちょっと理解を超えていたのでスルーします。
さらに南下してゆくと、以前、Yさんの車で行った三島神社について
書かれていました。今ちょうど《湯立歌》の神楽歌を練習していますが、
行った当時はまだ歌えず、お茶を濁してしまいました。
今日は先を急いでいるため失礼します。

行けども行けども雨はやみません。あの山の向こうなら絶対に雨です。


このバス停が「炭所西」にあって「金剛院口」とのことですが、
実際に走ったら、かなり距離がありました。とても歩ける距離とは思えません!?

意外にも、この先は右の上り坂ではなく、左に下りました。

しばらくクネクネ走ると、小さな神社が見えました。
地図で確認すると、大水島神社でした。先ほどの三島神社とほぼ同緯度だし、
読みは「おおみしま」の可能性もありますが、祭神は市杵島姫命だそうです。

登り道を通り過ぎてしまったので引き返し、急勾配を登り切って撮影しました。

折り畳まれたかのような道をナビの指示通りに走ってきたら
まだ刈り取られていない田んぼが結構ありました。

地図からは想像もつかないステキな山あいの集落で、ここに旧 金剛院があるらしい…。
ここまで登ってきて「左方向です」と指示されたため、地図を確認。

右へ曲がる道がある三又で、正解は直進…というか真ん中の道でした。
この先はもう人家がありませんでした。

この位置から下り始めたと感じたため、いったん先まで様子を
見に行ってから、通行の邪魔にならないようZOOMERを停めました。

どうやらここが「阿弥陀越」のようです。

本来は、南の「金剛院」と、北の「栗熊西」畦田キャンプ場方面を結ぶ道なのに
自然災害を経て修復されない方針が決まったようで、6年前から「行き止まり」!!

少し引き返すと、右手に金山神社への階段(140段)が見えました。
登ってきた時は死角になってたというか、目に留まりませんでした。

そして反対側には下の金剛院(空海開基?)へと続く石段。
妙見まで213段と書いた資料があるのは、金剛院からの石段を足したのでしょう。

ただし、ここを降りてみた方が「途中からケモノ道になるため通行不可」と
書かれていたため、下りながら石段を数えるのは止めました。

伐り出したままの歪な石を組んでいて、しかも雨で濡れているため要注意でした。

上りは爪先で真っ直ぐに進めましたが、下りはあまりに石段の幅が狭いため
横歩きしか出来ず、上りの倍以上の時間を要しました。

まさしく古代の円形祭祀場ですが、真ん中に取ってつけたような四角い石組み。
空海の時代に妙見を祀ったのではないかと想像して来てみましたが、どうでしょう?

「古今名勝図会」に、
妙見社、炭所東にあり当社肇祀未詳、往古は金剛院と云ふ寺地なりしが
退転の後、鎮守社の残りしを村民これを奉崇して氏宮とす。
その後貞享四年再興す。今この辺りを金剛院と云ふ…とあるそうです。
下の金剛院から山頂近くの妙見社=金山神社までが境内地だったとしたら
相当な広さで、高低差も大きく、修験の一大聖地と考えるべきかも?

いま検索したら、現 金剛寺の案内板がありました。

もし、この山に「林道 金剛院線」が造られなければ、今も
金剛院から続く石段を登って金山神社での祭祀が続けられていたでしょうか?

せっかく山頂に近くて人気(ひとけ)の無い神社まで行ったので、2曲演奏修行したら、
演奏中に雨が止んで、もっと早く止むべきだったよね…と突っ込みたくなりました。
ZOOMERを停めてから戻るまで、ちょうど1時間かかっていました。

人家のある場所まで降りてくると、ホッとしますね!
猫山から下りてきたら、まさかの"やんのかポーズ"をとっている猫がいました。

昨日阿波池田の醫家(イケ)神社で会ったニャンズたちと違い、小さくて痩せていました。
ここから焼肉屋さんまで約20分。17時に予約したため、40分余裕がありました。

行きに通りかかった宇閇神社へ立ち寄ろうと思います。
以前、Mちゃんの車に乗せて貰って来たことがあり、どこから入れるのか
わからなくて苦労したことを思い出したのです。

大きく迂回して、二ノ鳥居まで来ました。
無礼を承知で鳥居をくぐり、隋神門(?)の手前まで来ると、
バイクで上がれそうなコンクリート舗装の道がありました!

途中、かなりの急勾配になり、エンジンが悲鳴をあげてましたが、登り切りました。

先日、下法勲寺で瓦を見ましたが、ここでも瓦が焼かれていたのでしょうか?

家を出てから金山神社で演奏修行するまで、ずっと雨に降られていたのに、
何ですか、この青空は?!

車で来た時には下に駐車して徒歩で上がったため疲れ果て、
演奏しないまま帰った記憶があります。今日は演奏修行させて頂きましょう。

社殿の彫り物が「亀」でしたよ!

讃岐の延喜式内社として知られていたそうです。
明治以前の日本語は濁点をつけなかったため、両社とも表記は「うへ」ですが、
実際には「ウベ」と発音されています。
記念写真を見せていただいたりしました。

北に讃岐富士たる飯野山を仰ぐ当社が、代々伊福部氏が神官をつとめた
宇倍神社から勧請されていたことが、数多くの銅鐸が出土している讃岐と
青銅の神と謳われた伊福部氏との浅からぬ繋がりを証明してくれると有り難いのですが。

やはり行動に移さないと意識も変わりません。雨の中バイクで出かけて良かったです。
2014年4月9日に初訪問して以来、11年もの歳月を経てやっと演奏修行できました!

このコンクリート舗装の道も本当に助かりました。

日没直前の西の空。今日は見られないと思っていた夕陽が肉眼ではきれいに見えました。