藍川由美「倭琴の旅」

やまとうたのふるさとをもとめて倭琴と旅をしています

伊福部

最後まで抵抗した挙句「宿魂石」で押さえ込まれた天津甕星を追ってます。
たまたまというか当然というか、近くに伊福部氏にまつわる神社があるため
そちらもおさえながらまわります。
 
それにしても東京駅は盆か正月かというくらいの人出!
連休は避けるべきと言われても平日だとアコの留守番が16時間とかになるため…。
先ずは、あま市へ向かいます。新幹線が満席で暑いです。
 
今日の不幸は近鉄タクシー蟹江営業所から始まりました。
昨日電話をかけたら「JR蟹江駅での予約はできない」と断られました。
貸し切りの件も「駅で運転手に直接交渉してくれ」と言われたのです。
しかし駅にタクシーなど居らず、電話して呼んだので10分以上のロスが発生。
やっと運転手さんに貸し切りの話をしたら「名古屋本社に訊いてくれ」と言われ、
本社に電話すると「JR蟹江駅なら貸し切り予約を受け付けている」とのこと。
これまで全国各地で近鉄タクシーを優先予約してきましたが、
今後は旧知の運転手さん以外は頼みません。
 
しかもこの運転手さん、言う通りに走ってくれません。
「あ、ここが伊福部神社です、止めて下さい」と言うと、
「ここはカツラ神社だよ」と言ってドンドン先に進みます。
「カツラってどんな字ですか? 地図を見てるんですけど」
「木偏に土2つ。あそこは住所が桂だから、桂神社なんだよ」
「いえ、住所はあま市七宝町伊福宮東と書いてありますが?」
「地元では桂って呼んでるんだ」
「じゃあ、その桂に戻って下さい」
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伊福部神社って書いてますけど?」と言っても見ようとしません。
でもタクシーさえ降りればコッチのものです。
ちょうど参道の真ん中あたりで降りたので、右を見れば鳥居。
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左を見れば神楽殿
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おおお、この字体と筆跡!? まるで伊福部先生の揮毫のようです。
拝殿の右手にこんな註釈が掲げられていました。
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間違いなく伊福部氏の拠点の一つでしたね。
念願の伊福部神社に来られて大満足!!
 
その後もすったもんだがありましたが、もう忘れました。
名古屋へ移動してからは名鉄に乗って国府宮(こうのみや)という駅へ行き、
そこから名鉄タクシーに乗ったら親切な運転手さんで助かりました。
名古屋鉄道は藍川清成さんとも関係がありましたしね。
 
そんなことを思い出したので、明日は名鉄タクシーさんにお願いしましょう。
気力が尽き果てたため国府宮のことだけ書いておきます。
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楼門を入ると壮大な社殿が幾棟も連なっていてビックリしました。
この楼門と↓の拝殿は重要文化財だそうです。
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これは尾張一ノ宮どころではありません。鬱蒼とした旧い杜も残っています。
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そう、ここは尾張大國靈神社だったのです。
当社の神職は、明治維新まで「天背男命の子孫」を名乗る国司がつとめていたとか。
それで尾張氏の祖神が天津甕星だったとする説があるのです。
となると私にとっても他人事ではありません。
 
今日、一緒に遊んでくれたのは黒鶏。よく言葉を聞き分けてポーズをとります。
とても人懐こく、ご近所のおばさま達に愛称で呼ばれていました。
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またね、天津甕鶏ちゃん!!