藍川由美「倭琴の旅」

やまとうたのふるさとをもとめて倭琴と旅をしています

答志島

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おはようございます!
起きてすぐ窓を開けると、6:45にもう太陽がこんなにあがっていました。
 
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なぜ右にも左にも海が?? と一瞬焦りましたが、島に来ていたのでした。
答志島の和具港から徒歩3分の宿に泊まっています。
 
答志(たふし)は現在「とうしじま」と発音されますが、かつては
「田節(たふし)」と表記されていました。
漢字を見るとまるで違うイメージを持ちますが、旧かなで書くと同じです。
 
なぜここに来たかったのか? と言うと、
日本書紀』の神功皇后に関する記述が気になっていたからです。
 
        足仲彥天皇九年三月壬申朔、皇后選吉日、入齋宮、親爲神主。
        則命武內宿禰令撫琴、喚中臣烏賊津使主爲審神者
        因以千繒高繒置琴頭尾、而請曰「先日教天皇者誰神也、願欲知其名。」
        逮于七日七夜、乃答曰「神風伊勢國之百傳度逢縣之拆鈴五十鈴宮所居神、
        名撞賢木嚴之御魂天疎向津媛命焉。」亦問之「除是神復有神乎。」
        答曰「幡荻穗出吾也、於尾田吾田節之淡郡所居神之有也。」
 
ここに↑「田節」が出てきます。
最初に答えた神名が伊勢の五十鈴宮に居るムカツヒメ、
そして伊勢から程近い田節の海のところに居る神?
 
今からこの島に鎮座する美多羅志神社へ行ってきます。
「美+たらし」、即ち神功皇后の名「息長たらし姫」ということになりますが?
 
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来ましたよ、美多羅志神社
階段をあがって右手に社殿があります。海を臨む形。
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この拝殿の右にドルメン。
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由緒書が見当たらないのでよくわかりませんが、脚部の石組が新しそう?
社殿背後の山を御神体とし、島の守りと考えてきたのでしょうか。
 
帰りは、宿の方に呆れられましたが、
和具へ戻らず、答志まで行って船に乗ることにしました。
美多羅志神社からだと、どちらも徒歩9分と出たからです。
と書きながら、いま和具に着いたら物凄い行列です。
始発地点から乗船して正解でした(全員は座り切れそうにありません…)
 
美多羅志神社から答志へはこんな道を歩きました。
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島にタクシーが無いのは当然ですね。このような道や坂が多いので。
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うわー、当たり前ですが、北向きの答志港は南向きの和具港とは景色が違います。
しかし、富士山はどこ?(またしても不発…)
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あ、でも神島が見えました!
 
答志港に隣接する八幡神社。ご近所の方が「お参りして行って下さい」と
声をかけて下さいましたが、かなり登らなくてはならないようで時間が…。
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迷っていたら船が入って来ました。
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鳥羽まで540円。往復1080円で、短いながらもすごく楽しい船旅でした!